PEOPLEDecember 9, 2019

Slogan Member’s Interview -新産業創出の担い手としての決意-

カンボジアでのNPOや東日本大震災でのボランティアなどのソーシャルワークに従事した学生生活を経て、2013年に新卒でスローガンに入社した白鳥陽太郎。2019年12月、連結子会社であるスローガンアドバイザリーの取締役に抜擢されました。白鳥が情熱を注ぐ、社会課題解決への思いについて語ってもらいました。

インタビュアー:白鳥さんがスローガンに入社した経緯を教えてください。

白鳥:大学では1年生から3年生までカンボジアで教育支援に取り組むNPOで活動しており、最後の1年は代表を務めていました。

そのときには特にベンチャーなどの選択肢を考えていたわけではなく、多くの学生と同じように3年生の春に就職活動をしていました。しかし、就活のさなかに起きた東日本大震災を機に、大きく人生が変わることになります。

震災後すぐ、当時つながりのあったNPO法人ETIC.の知人から、ボランティアチームを組成して現地の支援に向かうのでそこに参加してほしいという話をもらいました。自分のNPOも震災と無関係ではなかったので気にはなっていたものの、個人の単独行動では支援にも限界があると思っていたところでした。組織としてなら意味のある支援活動ができると思い、参加することにしました。

11年4月2日に仙台に入り、翌年の夏まで約1年3ヶ月ほど現地でボランティアに取り組みました。
(余談ですが、その際に被災地支援で連携していた一般社団法人RCFがいまスローガンと資本提携しており、ご縁を感じています)


東北で感じたのは、「日本の社会システムはこのままではもたないんじゃないか」ということ。たとえば気仙沼では地元経済を支える水産業や観光業が大打撃を受け、産業とともに雇用がなくなり、生活を成り立たせるために多くの住民が大都市への移住を余儀なくされていました。結果として消滅の危機に瀕している近隣の自治体もありました。

もはやわかっているけど止められない、構造的課題。人の生き死に関わる問題に対して、国や行政に頼ったシステムのあり方では限界を迎えつつある状況を目の当たりにしました。
その体験を通じて、これからの社会を支える新たなプレイヤーや仕組みが必要なんじゃないか、と感じるようになりました。

そんなときに出会ったのがスローガンです。
「新産業を創出し続ける」というミッションはまさに自分がやりたいことでした。実は当時他の教育系事業を手掛ける企業とも迷っていたのですが、最終的に「あの時の東北にどちらの会社のサービスがあったら良いと思うか」と自問し、スローガンを選びました。

インタビュアー:入社当時の思いは6年経って変化しましたか?

白鳥:いまもそのときから気持ちは全く変わっていないですね。スローガンとしてもよりミッション達成に向けたストーリーが具体的になってきて解像度が高くなった気がしています。
自分の業務自体はコロコロ変わっているのですが、全てミッションにつながっていると思っています。

これから起こる不可逆・不可抗な社会変化に対し、自分たちが変えられる領域のなかで新たな社会システムをつくる。その仕組みのいちパーツをつくり続けているイメージです。

インタビュアー:白鳥さんのこれまでの仕事について教えてください。

白鳥:新卒採用支援事業での営業を2年、Goodfind Magazineの編集長を1年、そして現在やっている中途採用支援事業に立ち上げから3年ほどコミットしています。

言葉を選ばずに言えば、これまでの配属は自分起点での希望というよりは会社の状況やタイミングを踏まえてのご縁でした。というよりあまりこれをやりたい、やりたくないという業務へのこだわりがないんですね。どんな仕事もミッションにつながる、つなげられると思っているので、その時々で自分を適応させること、最後は自分の意思で決めることは大事にしています。

また、本業務以外にも、「Glocal Initiative Japan」(株式会社BOLBOPとの共催)という地方企業と優秀なビジネスパーソンをつなげるプログラムを責任者として推進したり、当時存在した社内の論文制度でソーシャルベンチャーの事業性に関する論文を発表したりと、自分の興味領域に近い活動にも自発的に関与してきました。
自分で機会を取りに行く動きも実はいろいろやってきているのですが、結果的にはどちらかというと運と縁でここまで来ています。

インタビュアー:スローガンアドバイザリーの立ち上げに参加したときのお話を聞かせてください。

白鳥:当初は次のアサインまでのつなぎのような配属で、正直に言って私もここまで深くコミットすることになるとは思っていませんでした。笑
しかし、志村さん(スローガンアドバイザリー代表)と川野さん(元スローガンアドバイザリー取締役 現スローガン執行役員)が中心となってやっていくと思っていたら、突然川野さんがスローガンアドバイザリーを離れるという話になり、これはどうしよう、と。

そのとき、スローガンがここで中途転職領域を立ち上げられないと全社戦略的にも数年の遅れが出るだろうと思っていたのと、志村さんの強い意思と志に触れたことで、ここで少なくとも2年はコミットしよう、と腹を括りました。

先のことは何も考えていませんでしたが、1年で結果を出すには時間軸が合わない思っていたので、2016年末の子会社設立から少なくとも2年、と考え、そこからは会社にとって必要なことを何でもがむしゃらにやってきました。
元々業務自体にはあまりこだわりがなく、特定の苦手意識もないので、営業、編集、マーケティング、エージェント、経営企画などかなり広範に関わってきましたね。

このあたりの仕事の考え方についてはGoodfind Careerで私が執筆した「ベンチャー転職1年目の教科書」というコラムにも詳しく書いています。

インタビュアー:2018年にご自身で決めた2年という時間が経過しました。

白鳥:2018年10月でちょうど2年だったのですが、あらためてこれからどうしようかと考えました。もちろん引き続きスローガンアドバイザリーにコミットすることはできたのですが、節目のタイミングとして、惰性ではなく自分で再度意思決定したいと思っていました。

私は日ごろよく登山をやっているのですが、そのときは一人で北海道の山に籠もり、前後10キロに熊しか住んでおらず携帯の電波も入らない場所で2泊3日ひたすら思考・内省をしました。

スローガンになぜ入ったのか?なぜ東北の被災地から帰ってきたのか?これからどうなりたいのか?

被災地支援のときに、思いはあるのに自分ではなにもできず、人のふんどしで相撲を取っている感覚があり、不甲斐なさを感じていました。
そのとき、10年後には自分で社会に必要な機能・仕組みをつくる側でいたい。機会やフィールドをつくる人になっていたいと強く思っていたのです。

そしてスローガンアドバイザリーでの2年間を振り返ると、自分は社会課題に取り組む事業につくり手の一人として参加していたし、目の前のことに100%情熱を注いでいる状態だったことを再認識しました。

私にとって、社会が変化し続ける以上、社会課題も変わり続けますし、その課題解決にも終わりがないので、ゴールを意識することはありません。
とにかくやりたいからやっている。なにを得られるかとかは関係なく、今日、明日めちゃくちゃ頑張れるかが全てです。

そう思ったら、やはりスローガンアドバイザリーのミッションを追い続けること、フィールドをつくっていくことに責任をもってコミットしたい、と腹落ちしました。
山を歩いているうちに気持ちが湧き出てきて、下山してすぐ志村さんに伝えました。

インタビュアー:ゴールを意識しない、ということですが、今後の目標などはどのように考えているのでしょうか?

白鳥:もちろん会社の経営計画としての目標は全力で達成しますが、目の前のことに情熱を注ぎ続けることしか考えていません。数字やキャリアのためではなく、社会のためにこの仕事そのものをやりたいからやり続けるだけです。

ただ、最近は自分の変化も少し感じていて、人間としてもっと成熟していきたいと考えるようになりました。
昔は、やはり人は人を理解することは難しいのではないかと思うこともあったのですが、いまは人様の気持ちをいくらか理解できたのでは、という瞬間を感じることもあります。人間として未熟で、自分の度量を超えて起きてしまった被災地域での出来事に対して、咀嚼できずに苦しんだこともありましたが、いまは経営者や求職者と話をしていて、少しだけ寄り添えるようになってきました。

純粋に人と深くつながることは嬉しいですし、それは自分の根本的なエネルギーにつながっているとも感じます。
仕事や日常生活を通じてもっと自分の器を拡げていきたいと思っています。

以前はオンとオフという考え方をしていた気もしますが、いまは仕事も登山も境目はなく、同じく情熱の対象として常にオン、という状態で人生を過ごしています。というよりほとんど仕事と登山しかしていないのですが。笑

インタビュアー:スローガンアドバイザリーと白鳥さんの今後の成長、楽しみにしています。

白鳥:ありがとうございます。

白鳥 陽太郎スローガンアドバイザリー株式会社 取締役

千葉県習志野市出身。早稲田大学政治経済学部入学後、カンボジアにて教育支援事業に取り組むNPOにて代表を務める。3.11震災直後から、「被災者をNPOとつないで支える合同プロジェクト」のメンバーとして、宮城県気仙沼市にて活動を開始。その後、ETIC.の「右腕プログラム」の派遣メンバーとして、被災地域のアセスメント業務に取り組む。地域の課題を目の当たりにするなかで、新たな産業の創出と育成の手法を学ぶべくスローガンに参画。入社後はマンションスタートアップから上場企業まで、幅広いフェーズのベンチャー企業の採用支援活動に従事。同時に、Goodfind Magazine編集長も務める。週末は奥秩父やアルプスあたりの山々で過ごしている。好きな食べ物はそば。私立市川高校出身。