CULTUREJune 22, 2021
社外取締役×代表対談 -D&Iを推進することは人の可能性を引き出すこと-

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2021年5月26日付けでスローガンの社外取締役に就任されました杉之原さんとスローガン代表・伊藤が対談いたしました。スローガンはなぜD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を推進するのか?、杉之原さんの問題意識や現在の活動、スローガンの社外取締役就任のご縁、今後の取り組みについて語っていただきました。
スローガンがD&Iを推進するようになった経緯
伊藤さん:スローガンでは重要な経営テーマとして、D&Iの推進にこれから取り組みます。最初に私から、ここまでに至る経緯や変容の過程についてお話させてください。
経緯は2つあります。1つ目は家族と過ごす時間が増えたことで、私自身が新たに獲得した気付きです。具体的に言うと、コロナがきっかけとなり、当社では全社的にリモートワーク(在宅勤務)に移行しました。私個人で言えば、皿を洗う、ゴミを捨てるなど、家庭内で家事を分担する意識が高まりました。今まではオフィスに出社していることを言い訳にしてやって来なかったことに気付きました。
また、2人の娘の近くにいる時間も増えて、娘の教育や将来についてより考えるようになりました。娘の教育を考えるうえで、女性のロールモデルを自分なりに考えようとして、シェリル・サンドバーグの『LEAN IN(リーン・イン)』を手に取りました。そこで、そもそも自分自身がジェンダーの問題について無知だったこと、無意識にジェンダー・ステレオタイプに染まっていたことに気付きました。そこから意識的にジェンダーギャップを中心としてD&Iについて勉強するようになりました。
2つ目はD&Iの推進が、当社のミッションと関連が深く、あらためてサスティナビリティに接続すると考えるようになったことです。経営者として、中長期の重要な潮流を日頃から考えるようにしています。次の10-20年を考えた時、最重要のキーワードはサスティナビリティだと考えています。そして、サスティナブルな社会を実現するためには、当社のミッションの一部である「人の可能性を引き出す」ことをもっと追求していく必要があり、そして人の可能性を引き出すための重要な取り組みとしてD&Iの推進がある、当社のミッションの根幹にD&Iの推進があると思うようになりました。
これまで当社が創業以来行ってきた若者とベンチャーをつなぐ事業は、シニア・男性・画一性で支配されている日本の伝統的なコーポレートカルチャーに対する挑戦でありアンチテーゼでした。若者と裁量のあるベンチャーをつなぐことで、若者が早期に意思決定層にたどり着けるキャリアを実現してきたので、抽象度を上げて言えば、当社は社会の意思決定層における年齢のダイバーシティを推進してきたとも言えます。
これからは、年齢のダイバーシティに限らず、ジェンダー、性的指向・性自認(SOGI・ソジ)、人種・国籍、障がいの有無なども含めて、D&Iの推進に取り組んでいきたいと考えています。以上が、スローガンとしての経緯と変容の過程についてです。
杉之原さん:D&Iに注力している経営者には、伊藤さんのような家庭内での経験がきっかけの方と、外国で働いた経験がきっかけの方が多い印象を受けます。伊藤さんのように、経営者から内面的な変化の共有があると、実感を持ってお話されているなと感じます。家族と過ごす時間が増えて、2人の娘さんの将来について考えたことが、D&Iの推進に結びついたのは素敵なお話ですね。
伊藤さんから気付きのお話がありましたが、私もベンチャーでずっと働いてきて、同質性の高い環境の中にいたために非常に視野が狭くなっていて、ジェンダー・ステレオタイプにも最近になってようやく気付けるようになりました。もっと早く気付ければ良かったかもしれないし、でも今気付けるようになって不幸中の幸いだな、ここまで来たけど気付けるようになって良かったなという気持ちが、この2年ぐらいの率直な気持ちです。
伊藤さん:気付くのが遅かったということですが、ネイティブに元からその感覚があるよりも、気付かなかった自分や気付けなかった自分から変容した経験がある方が、価値があるかもしれないですね。今気付けていない人やこれから気付く必要がある人に対しても、自分自身が気付けていなかったからこそ伝えられる伝え方があるのかなと思います。杉之原さんが取り組まれているジェンダーギャップ解消に向けての活動にも活きるのではないでしょうか?
杉之原さんの問題意識の高まり
伊藤さん:杉之原さんご自身のD&Iに対する問題意識が、この1~2年で高まっていった経緯や背景について、お聞かせいただけますでしょうか?
杉之原さん:私は大学を卒業してからベンチャーで働いてきて、事業を率いる、会社を設立する、役員をするなど色々なチャンスに恵まれてきましたが、ふと後ろを振り返った時に女性がいないことに気が付きました。そして、自分が女性の代表として取締役会に臨まないといけないのではないか、といった女性のロールモデルを負わされるしんどさを感じていました。誰にも言われていないのに、勝手に自分に課してしまっていたんです。
昨年、前々から持ちたいと思っていた自分のミッションの言語化に取り組み、「まだ見ぬ可能性を最大化する構造をつくりたい」という個人のライフミッションを掲げました。そして、まだ見ぬ可能性は何だろうと考えた時に、自分自身がその道を経験した意思決定層におけるジェンダーギャップ、女性とキャリア、組織おけるスポンサーシップ(※)の構造をテーマにしたいという自分の気持ちを確認しました。
※キャリアにおけるスポンサーシップとは、対象者が持つ潜在能力を本人に認識させて解き放ち、人脈をつなぎ、機会を提供することで引き上げていく関係性のことを指します。
その後に『存在しない女たち』という本に衝撃を受けました。私自身、特に性別関係なく働いてきたつもりでいましたが、この本を読んで、そもそもの構造について考えさせられました。会社でいえば、事業活動を行うために男性で構成された意思決定システムを経るわけですが、その過程で歪んだものやサービスを社会に提供しているんじゃないか、私も歪みを生み出す意思決定をしているんじゃないかと考えるようになりました。
例えば、電車の時刻表は男性目線で作られていて、女性の移動パターンには配慮されていない。薬の治験は主に男性が参加しているので、女性のホルモンバランスが考慮されておらず、女性には薬を過剰に投薬している可能性がある。『存在しない女たち』で取り上げられる例示のシャワーを浴びているうちに、いままであたり前だと思っていたことが気になるようになりました。
元々はジェンダーギャップの問題に対して、意思決定層に女性が少ないから、育成する、あるいは仕組みを改善して、意思決定層に女性が増えるといいなと考えていました。ではなぜ増やすのかという点について、『存在しない女たち』と出会ったことで、意思決定層のジェンダーギャップの先へと視線が広がりました。意思決定層のジェンダーギャップの解消を起点にして、ジェンダーバイアスを始めとする無意識バイアスへの意識を高める。取締役会の多様性やD&Iの観点が増えて、多面的な意思決定のもとに事業活動が行われるようになったなら、事業活動を通じて社会を良くしていけるんだということが一続きに腑に落ちたのです。
伊藤さん:男性目線のみで作られて、女性や多様性の視点が抜け落ちている歪みの例として、長時間労働もあると思います。数年前に働き方改革の取り組みが始まり、残業を減らしていきましょうと言われて、恥ずかしながら当時の自分には葛藤がありました。働きたい人の働きたい気持ちはどうなんですか、若い人たちにとっては働いた方が良い時期もあるんだから、一律で時間を制限するのはおかしいのではないか?相対的にベンチャーは大企業と比較して長時間労働の傾向があるから、ベンチャーにとって不利な政策ではないかと思っていた時期がありました。でもこれをD&Iの観点で整理すると、年齢やジェンダーを問わずに皆が平等にサスティナブルに労働に参加するためには、子育てや介護をしている人たちも平等に参加できる仕組みに変えないといけない。長時間労働を許容することは若い独身男性に下駄を履かせることにつながり、多様な可能性を排除してしまう。D&Iを勉強した結果、長時間労働が生み出す歪みに気付いて、働き方改革の必要性や合理性をちゃんと理解できるようになりました。
杉之原さん:私も長時間労働をすることに違和感を感じずに働いてきました。転機となったのが、管理部門を立ち上げた時です。女性4人でしたが、私以外のメンバーは全員子育てをしながら働く女性で、私以外は長時間労働が出来ない状況でした。今までは長時間労働で力づくでやれば何とかなるという価値観でしたが、制約のある局面の中でやり方を工夫するようになりました。この時の経験により、働き方にD&Iの観点を取り入れることができましたので、自分の価値観を変えてくれた管理部門のメンバーにはとても感謝しています。
杉之原さんの現在の活動について
伊藤さん:杉之原さんの現在の活動についてもお聞かせいただけますでしょうか?
杉之原さん:今年からは、アディッシュ、代表発起人として立ち上げたスポンサーシップ・コミュニティ、NPO法人みんなのコード、この3つでポートフォリオを組んで活動しています。3つの領域を持っていることを上手く活かして、双方向に展開していきたいと考えています。
特にスポンサーシップ・コミュニティは今年4月に設立して、ベンチャー企業における意思決定層のジェンダーギャップの旗を掲げています。現在16名に参加してもらい、何ができるのかについて議論を始めています。
設立の背景は2つあります。1つ目は、身近に女性の役員がいることの心理的安全性です。以前は他社の役員の紹介を受けても全員が男性で、それに対して特に違和感もなかったのですが、2年程前より他社の女性の役員とちらほらと出会うようになり、いざ女性の役員とお話してみると、普段は感じない心理的安全性があることに気が付きました。そこから女性の役員同士をつなぐようになって、コミュニティ作りへと発展しました。
2つ目は、「社外」でもD&Iの議題を取り扱うためです。ジェンダーギャップのテーマは、社会全体では議論がまだ成熟していないのが現状です。ジェンダーギャップに対する理解も個人差が非常に大きいので、話を共有できる人から価値観がまったく違う人までの幅が大きいと感じます。その状況下で社内で取り組みを始めても、「時差」があるのでコミュニケーションコストがかかり、取り組み自体が頓挫してしまう難しさがあります。でも、今日明日では簡単に変わらないと思いますが、2030年に向けてD&Iに対する理解が社会全体で進んでいく足音は感じていて、D&Iの芽を絶やさず温められる場所を作りたいなという思いがありました。その場所として、社内で折れないようにするためにも社外とのつながりが必要だと考えて、複数社で共同するコミュニティを運営することにしました。
みんなのコードは、「すべての子どもたちがプログラミングを楽しむ国にする」というミッションを掲げているNPO法人です。プログラミング教育におけるジェンダーギャップという文脈でも経営に携われる面白さを感じています。これは自分のライフミッションに重なりますし、加えて資本主義社会ではないNPOというビジネスモデルの中でやっていくことは、自分にとって新しい試みだと感じています。
いずれの領域も、最初から答えがある世界ではないので、まずは一歩を踏み出して、試行錯誤をしながら、実験を積み重ねながら、進めていきたいと考えています。
それから、2030年までの時間軸には強い意志を持っています。ジェンダーギャップの文脈で言えば、2030年までに女性の意思決定層を30%にする社会の目標を自分事として捉えています。みんなのコードの文脈で言えば、10年毎に改訂されてきた学習指導要領の次の改訂が2030年に予定されています。10年先の社会を想像しながらしっかりと基盤を作って継続させて、2030年まで走り続けたいと考えています。
伊藤さん:お話しいただいた活動はいずれも、間違いなく伸びしろがあるテーマですし、10年スパンという長期目線で取り組むもの、取り組める価値のあるものだと思います。
スローガンの社外取締役就任
伊藤さん:杉之原さんがご自身の活動の幅を拡げていく中で、スローガンの社外取締役をやってみようと思っていただけた背景についてもお話しいただけますでしょうか?
杉之原さん:お話をいただいた時は正直うれしかったです。なぜかと言いますと、Goodfindには10年前にインタビュー記事を載せていただいたご縁がありました。当時の私はインターンからガイアックスに入社して、憧れの女性の上司と2人で働いていて、その憧れの上司と2人でインタビュー記事を載せてもらったのがGoodfindだったのです。
一緒に3年程働いた後、その上司は退職してしまいましたが、今でも振り返ると、自分は上司に恵まれていたんだな、その上司がその後の私の社会人人生を良くするような支援や動きをしてくれたことが理解できるので、感謝の気持ちで一杯です。幸運にも自分はスポンサーシップに恵まれました。
スローガンの社外取締役に挑戦したいと思った背景に、スローガンへの2つの共感があります。1つ目は、ベンチャーのキャリアへの共感です。私自身が、ベンチャーで13年間働いてきて色々なチャンスに恵まれて、そして今では事業活動を通じて世の中を良くしていきたいという視座を持てるようになったのも、ベンチャーのキャリアだったからこそと考えています。実を言いますと、ずっと大企業で働くと信じて疑わなかった私にとって、ベンチャーとの出会いは偶然だったのですが、ベンチャーのキャリアの魅力を、特に女性や若手に伝えていきたい気持ちがあります。
2つ目は、「人の可能性を引き出す」というスローガンのミッションへの共感です。私自身も「まだ見ぬ可能性を最大化する構造をつくりたい」というライフミッションを掲げているので自分事として捉えることができました。自分がテーマにしているD&Iの文脈で試行錯誤や実験を積み重ねながら、スローガンの事業活動を通じて世の中を良くすることができる、その伸びしろはたくさんあるのかなと考えています。
伊藤さん:私からも杉之原さんに社外取締役就任をお願いしたいと思った背景をお話させていただきます。今回、D&Iを推進する取締役の人物像を考えた時に、やはり、当社がベンチャーを応援してきて、当社自身もベンチャーとして活動してきたので、ベンチャーでのご経験が豊富な方が理想だなと考えました。かつ、上場企業の役員の経験がある、D&Iやジェンダーギャップの解消に対するパッションのある方がいればなお理想だなと考えました。そう考えて見回した時に、全ての要素を兼ね備えている杉之原さんに是非ともお願いしたいなと率直に思いました。そして、当社からの社外取締役就任の依頼と、杉之原さんがご自身の活動の幅を拡げていかれるタイミングが幸運にも重なって、ご就任いただくことになりました。これはご縁があったのだと感じています。
今後の取り組み
伊藤さん:最後に、当社の今後のD&Iの推進についてお話しします。杉之原さんの参画を起点にして、まずは当社組織がD&Iの取り組みと意識レベルを上げて、そこからサービスや事業運営にD&I観点を反映していきたいと考えています。
サービスについて言えば、Goodfindはじめ当社のサービスは、無意識のうちに気付かないまま男性ユーザが多いサービスになっている部分もあったのではないかと思っています。決して女性のユーザを排除しているわけではなくて、結果的に利用してくれるユーザに男性が多くて、女性にもっと利用してもらいたいけど、なかなか利用してもらえないんだよねという状況のまま、それ以上は考えることなく止まっていた状況だと思います。
でも実際のところは、D&I観点で見直しをしてみると、無意識のうちにターゲットを絞っている、無意識のうちに参加しにくくなっている部分もあるのではないかと仮説を持っています。例えばセミナーページや求人ページの言葉遣いや表現をとってみても、当社にはその意識はないにもかかわらず、女性が応募しにくい言葉遣いや表現になっている可能性も考えられます。
このように、D&I観点で見直しや変えていかなければいけない箇所はたくさんあると思います。ジェンダーバランスに限らず、さまざまな観点でダイバーシティを意識できるようになれたらと思っています。まずは当社自身が実践していく、そして改善できたならばその経験を生かして、ゆくゆくはクライアント企業の皆さんにも価値提供していけるようになれたらと考えています。
D&Iを推進することは、人の可能性を引き出すことにつながると考えています。まずは当社自身がD&Iを実践して、そこからクライアント企業にもD&Iを働きかけて浸透させることができれば、それは結果として人の可能性を引き出す組織を世の中に増やすことになります。クライアント企業への働きかけや浸透にあたっては、採用支援事業を行う当社だからこそできることがあるのではないかと考えています。
杉之原 明子スローガン株式会社 社外取締役
2008年に株式会社ガイアックスにインターンとして入社後、学校非公式サイト対策事業の立ち上げ及び責任者を経て、2014年、アディッシュ株式会社を設立及び取締役に就任。コーポレートの構築及び上場準備の旗振り役を担う。現在は、アディッシュ株式会社の取締役に加えて、スポンサーシップ・コミュニティ代表発起人、特定非営利活動法人みんなのコードCOOを務める。早稲田大学教育学部理学科卒。
伊藤 豊スローガン株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部行動文化学科卒業後、2000年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。システムエンジニアの経験の後、関連会社での新規事業企画・プロダクトマネジャーを経て、本社でのマーケティング業務に従事。2005年末にスローガン株式会社を設立、代表取締役に就任。